平成29年9月26日
株式会社ツカモトコーポレーション
総務部 
広報担当
ぶらりまちかど美術館・博物館が開催されました。
                     
        平成29年9月24日(日)ぶらりまちかど美術館・博物館が開催されました。

          毎年9月最終日曜日に開催されます。




晴天に恵まれました

今回のテーマは
「福沢諭吉に傾倒し、勝海舟をして我が友と云わしめた
近江商人二代目定右衛門・塚本定次」

です。








熱弁を揮う藤堂館長






塚本定次(1826~1905)

初代塚本定右衛門の長男として生まれ学校建設・公共施設・道路改修・治山治水等に
毎年多額の献金をして社会奉仕に力を注ぎ、明治12年(1879)には県会議員に選出されています。
明治19年(1886)に隠居し、勝海舟や福沢諭吉といった明治を代表する方々と交流がありました。

 
 

初代 塚本定右衛門とその妻 妙聚 の掛け軸

 

滋賀県権令 籠手田 安定 (1840~1899)
定次が県会議員を務めた時の県令

”冬の日にこころをこめてつちかへは
いろよき花も咲とこそきけ”

塚本定悦翁(初代)十九歳の頃紅売の画像を見て大に感することあれは
と書いてあります。



勝海舟書 屏風 六曲一双

塚本家で家宝とされている屏風



我友塚本定次翁から始まる勝海舟の書簡

この他に13通勝海舟の書簡が遺されており、今回公開されました。





塚本定次は福沢諭吉の西洋事情を読み、非常に感銘をうけ、
「貧富論」の写しを作成し、福沢諭吉に奥書を乞うています。





営業ハ信用を重んじ確実を旨とし時勢の変遷理財の得失を計り弛張することある可し
と雖も苟も浮利に趨らず軽進せず以て一家の賢固繁盛を期す
と福沢諭吉は明治28年(1895)に記しています。

この福沢諭吉との書簡は一巻に纏められており、今回公開されました。




再発見された一枚(探していました。)

 

姫路 愛知からの来客もあり、大盛況な一日でした。

来年 2018年9月30日を予定しております。

是非ご来館いただければ幸いです。
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